外資Tech・キャリア

AI導入で本当に難しかったのは、“AI”ではなかった

免責事項: 本記事は、AI導入プロジェクトに関わる中で個人的に感じたことや学びを、一般化してまとめたものです。守秘・機密情報には十分配慮し、特定の顧客・案件・製品に関する内容は含んでいません。

外資Techに入社して間もなく、幸いにもAIに関わるプロジェクトを推進する機会をいただきました。

生成AIだけではなく、AI Agentという言葉を耳にする機会も、この1〜2年で一気に増えたように感じます。

世の中では、

  • AIが仕事を代替する
  • AIが自律的に判断する
  • AIがすべてを効率化する

といったことが語られることも少なくありません。

もちろん、実際に大きな変化は起き始めていますし、私自身もAIの可能性には大きな期待を持っています。一方で、実際のエンタープライズ向けAI導入プロジェクトの現場に入ってみると、私が強く感じたことがありました。

それは、

AI導入で本当に難しいのは、必ずしも“AIそのもの”ではない

ということです。

むしろ難しかったのは、

  • 業務を理解すること
  • データ品質を上げること
  • 関係者の認識を揃えること
  • AIを現場に定着させること

でした。

AIは“チャット”だけではない

生成AIというと、ChatGPTのようなチャット形式をイメージする人も多いと思います。

もちろん、それもAI活用の一つです。

ただ、エンタープライズの現場では、もう少し違った形でAIが活用され始めています。

例えば、AI Agentと生成AIを組み合わせ、業務フローの中にAIを組み込んでいくような活用です。

例えば、社内の問い合わせ内容を理解し、適切なナレッジを参照し、回答案を生成する。
状況に応じて処理を振り分けたり、人へのエスカレーションを行ったりする。

つまり、「AIと会話する」というより、「AIが業務プロセスの一部として動き始めている」と言ったほうがわかりやすいかもしれません。

ただ、実際の現場では、AI単体がすべてを解決するわけではありません。

既存の業務フロー、データ、ルール、人の判断と連携しながら動いています。

だからこそ、AIそのものよりも、

  • 業務理解
  • データ・ナレッジ品質
  • ガバナンス
  • 責任範囲、など

のほうが、むしろ難しく感じる場面も多くありました。

実際、2020年の調査ではありますが、Gartnerは「データ品質の問題によって、企業は平均で年間1,290万ドルの損失を受けている」と報告しています。

AI Agentは“完全自律”ではない

AI Agentという言葉から、「AIが完全自律で仕事を代替する」イメージを持つ人もいるかもしれません。実際に一部の領域では実現されているケースもあると認識しています。

ただ、実際のエンタープライズ環境では、人の確認や承認を前提に設計されているケースも多くあります。

特に企業システムでは、

  • 正確性
  • 責任範囲
  • セキュリティ
  • 監査性

なども非常に重要になります。

AIだけで全てが完結するというより、人とAIが役割分担しながら動いていく形が、現時点ではより現実に近いと感じています。

AIが情報収集や整理、要約、回答案の生成などを担い、最終的な意思決定や判断、責任は人が持つ

こうした考え方は「Human in the Loop(HITL)」とも呼ばれ、エンタープライズ向けAI活用では非常に重要な考え方の一つです。

例えば、問い合わせ対応のケースでは、AIが回答案を生成し、人がその内容を確認した上で質問者・依頼者へ返信する、といった形です。

実際の現場では、このような「人とAIの協働」に近い運用がまだまだ多いように感じています。

もちろん、

  • 重要度が比較的低い業務
  • 定型的な業務
  • リスクの低い業務

については、人が介在しない完全自動化も十分に可能だと思います。

一方で、企業活動においては正確性や説明責任が求められる場面も多く、そうした領域では当面、人とAIがそれぞれの強みを活かしながら協働する形がまずは主流になっていくのではないかと感じています。

AIは“魔法”ではなく、業務の上に乗るもの

AI導入というと、どうしても技術そのものに注目が集まりがちです。

  • どのモデルを使うのか。
  • どれくらい精度が出るのか。
  • どこまで自動化できるのか。

もちろん、それらも重要です。

ただ、プロジェクトを通じて感じたのは、AIは単独で価値を生むというより、

業務・データ・ナレッジ・運用ルールの上に乗って、価値が出る

ということでした。

業務が整理されていなければ、AIも迷います。

ナレッジが整っていなければ回答は安定しません。また、ナレッジが存在していても内容の品質が低ければ、期待した回答品質は得られません。

関係者の期待値が揃っていなければ、同じ結果を見ても評価が分かれます。

つまりAI導入は、単なるシステム導入というより、

  • 業務を見直す
  • 情報を整理する
  • 属人化を減らす
  • 認識を揃える

という側面も強く持っていると感じました。

特に社内のデータ・ナレッジ整備は、簡単には進みません。多くの方が言っている通り、AI導入プロジェクトに先立ち計画・実行することの必要性を強く感じています。

技術より難しかった、“期待値調整”

AIに対する期待はとても大きいです。

  • 「AIですべて効率化でき、生産性を大幅にあげるのではないか」
  • 「かなりの業務を置き換えられるのではないか」
  • 「すぐに高精度な回答が返ってくるのではないか」

こうした期待を持つのは自然なことだと思います。

一方で、現場では、導入製品の特徴と他事例・経験を踏まえて

  • AIに向いていること
  • まだ難しいこと
  • 人が判断すべきこと

を丁寧に整理する必要があると考えます。

ここが曖昧なまま進むと、AIは便利なはずなのに、逆に不信感を生んでしまうこともあります。

だからこそ私自身、AIを必要以上に大きく見せるのではなく、

「できること」と「まだ難しいこと」を早く誠実に伝えること

を強く意識するようになりました。

AI時代ほど、“人”が重要になる

以前、社内向けにAIプロジェクトに関するセッションを実施した際、私が意識していたことがあります。

それは、単にAI機能を具体的に説明することではなく、AIプロジェクトに対する“未知の不安”を、“理解できる不安”に変えることでした。

分からないものは怖い。
でも、少し理解できると、人は向き合えるようになる。

これはAI導入でも、同じだと感じています。

その際に私が紹介したのが、元米国国防長官のドナルド・ラムズフェルド氏が有名にした「Knowns and Unknowns」という考え方です。

わかっているわかっていない
認識しているKnown Known
(知っていること)
Known Unknown
(わからないことがわかっている状態)
認識していないUnknown Known
(気づいていないが知っていること)
Unknown Unknown
(何がわからないかもわからない状態)

ラムズフェルドの Unknown フレームワーク

出典:Donald Rumsfeld, U.S. Department of Defense News Briefing (Feb. 12, 2002) を基に筆者作成

ChatGPTをはじめとする生成AIを利用した経験がある人でも、AI導入やAIプロジェクトの推進経験がない場合は、

  • AIをどこの業務にどう組み込むのか
  • AI Agentはどのように業務フローの中で動くのか
  • 導入プロジェクトでは何を考える必要があるのか
  • 効果測定、ガバナンスや責任範囲をどう整理するのか

といった「利用者」ではなく「導入・推進する側」の立場になると、途端に難易度が上がることが容易に想像できます。

私が社内向けセッションで伝えたかったのも、まさにその部分でした。

AIを触ったことがない人に説明するのではなく、これからAI導入やAI活用プロジェクトに関わる仲間たちの不安を少しでも減らしたい、という思いがありました。

そのような状況は、ラムズフェルドのフレームワークで言うところの、

Unknown Unknown(何が分からないのかも分からない状態)(右下)

に近いのかもしれません。

例えば、

  • AI導入プロジェクトでは具体的に何が難しいのか(技術、顧客期待値、進め方など)
  • そして、実際にどんなことが起きたのか
  • どのようなリスクがあるのか

といった論点そのものがまだ見えていない状態です。

この状態では、不安は漠然としていて大きくなりがちです。

一方で一例ですが私が経験したプロジェクトの生の具体的な情報を直接お伝えすることで、

  • なるほど、技術だけの話ではないのか
  • ここが従来の進め方と違うのか
  • 具体的にどのような課題が起きるのか

という理解が生まれます。

すると、

Known Unknown(分からないことが分かっている状態)(右上)

へ移ることができます。

ただし、不安そのものがなくなるわけではありません。

しかし、「何が分からないのか」が見えるようになると、人はぼんやりとしたものから課題として向き合いやすくなると考えます。

私自身、AI導入において重要なのは最新機能だけを説明することだけではなく、

人や組織を Unknown Unknown から Known Unknown へ導くこと

なのではないかと感じています。

実際のプロジェクトでも、特にお客様の

  • 業務担当者
  • IT部門
  • 経営層

それぞれが異なる期待や不安を持っています。

だからこそ、技術そのものだけでなく、相手がどのような不安を抱えているのかの理解に努め、早いタイミングから対話を重ねていくことが重要だと感じています。

最後に

AI導入プロジェクトを通じて、私は改めて、

技術と人の間に立つこと

の大切さを感じました。

AIそのものだけを語るだけではなく、

  • AIを受け入れる人の気持ちを考える
  • お客様の現場業務の理解に努める
  • 関係者の小さな不安を拾う
  • 関係者の信頼を積み重ねる

実は、プロジェクトマネジメントや日々の仕事の当たり前のことを、AIの文脈でもより丁寧に積み重ねることが、とても重要なのではないかと改めて感じました。

結局、AI導入プロジェクトで本当に難しかったのは、“AI”ではありませんでした。

それは、AIを現実の仕事の中で活かすために、人と組織を少しずつ前に進めていくことだったのだと思います。

AI導入に関する情報は数多くありますが、実際のプロジェクト推進者の視点から語られる機会はまだ多くないと感じています。本記事が、これからAI活用やAI導入プロジェクトに関わる方の参考になれば幸いです。

※本記事は、あくまで個人としての経験や気づきをまとめたものです。
AI導入の形や考え方は、業界・企業・組織によって
異なる部分もあることをご理解いただければ幸いです