今回の投稿は、今までの投稿内容と少し趣が異なります。
ビジネススクールや仕事の話題とは少し離れ、
私個人の内省的な表現について書いてみようと思います。
読み進めると別人ではないかという声も聞こえそうですが、紛れもなく私です(笑)
小さな瞬間を書くということ
SNSには多くの情報が流れています。
ニュース
面白い動画
素敵な写真
刺激的な意見
どれも大切なものです。
その中で、私は少し違うことをしています。
短い言葉を書くことです。
特別な大きな出来事ではなく、
日常の中の小さな瞬間を。
例えば
・過去の自分の言葉に励まされたとき
・電車の中で昔の後輩に会ったこと
・ふと桜を見て春を感じたこと
そういう瞬間を
できるだけ短い言葉で残しています。
見る人によっては
これは詩のように感じるかもしれません。
もしかすると、そうなのかもしれません。



なぜ短い言葉なのか?
理由はとてもシンプルです。
説明しすぎると
その瞬間やその時の思いが
どこか消えてしまいそうだからです。
一方、ビジネスにおいて
言語化はとても重要です。
私自身もその重要性を強く感じています。
ただ、この取り組みにおいては少し逆です。
言葉が多いほど
意味ははっきりします。
しかしその代わりに
読む人の想像は減ってしまいます。
短い言葉には
どこか余白があります。
その余白の中に
読む人それぞれの経験や感情が入ります。
私はそんな余白を
大切にしたいと考えています。
「旅影」という表現
もう一つの表現が
「旅影(たびかげ)」です。
俳句や川柳の5・7・5をベースに
写真やイメージ、音楽などを組み合わせた
小さな作品です。
静かな風景の中に
一人佇む人がいたり
足跡だけの雪道が続いていたり。
そこに俳句形式の言葉を添えます。
これは説明ではなく
何かを感じてもらうための言葉。
旅影を通した
自分なりの世界の見方の表現でもあります。



日常と旅影
日常の短い投稿と、旅影の作品。
形式は少し違います。
しかし自分の中では
同じものです。
どちらも
自分の生きている世界を
観察している記録です。
大きな出来事ではなく
小さな瞬間。
誰も気にしないかもしれない
小さな出来事。
そして
その時感じた思いやイメージ。
それを静かに言葉にすることが
自分にとっての表現です。
続ける理由
特別な目的や目標はありません。
日常の中で
ふと何かを感じた時に
思いついた言葉やイメージを
少し膨らませて一つの作品にする。
それが何だか楽しくて、
自分には合っている気がします。
ただ、それを続けているだけです。
それでも時々
誰かが共感してくれたり
覚えていてくれたりします。
それだけで
十分な気がしています。
こういう形で
内省や自己表現ができるんだという
自分自身への新しい発見もありました。
日々の仕事は忙しいですが
電車の中でふと創作すると
少し気持ちが軽くなることにも気づきます。
無理なく、静かに。
今日もまた続けてみようかなと思います。
免責事項:本記事は個人としての表現や考えをまとめたものであり、現在の勤務先や所属組織とは直接関係ありません。
